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komanyunの日常

とりとめもないことを綴った雑記

原子力爆弾と戦争

戦後67年。
今も世界中のどこかで戦闘が勃発している。
くしくも、シリアでジャーナリストの山本美香氏が政府軍の銃弾を浴び、亡くなられた。
ご冥福を祈るばかりだ。

日本は世界で唯一の被爆国だ。

昭和20年8月6日に広島、8月9日に長崎に原子爆弾が投下された。
アメリカは往生際の悪い日本を折れさせる目的で強力な破壊兵器を使ったと
言っている。
でも、戦争をしているのは平民か?
一瞬にして奪われた命は、戦争をしていた人々か?
ただ毎日を慎ましく生きていた人々の幸せを爆弾一つで奪ったという事実は、私の
心にいいようのない怒りを生む。

この読者の中に原爆資料館を訪れた方はどれほどいるだろう?
見たこともないような地獄絵図が、ピクチャーという形で展示されている。
ピクチャーだから、いやピクチャーじゃなくても、資料館があるということが、本当に
原子爆弾が投下された事実を我々に押しつける。

争いはなぜおきるのか。
なぜ命を奪い合うのか。
自分たちさえよければ、他がどうなってもいいのか。
日本が韓国から謝罪を求められている従軍慰安婦の問題も、原子力爆弾投下の
問題も、各国で起こっている内紛もすべて、多角的視点に立つことのできない
暴走者の判断によって起こっていることだ。

戦争中は敵国にやさしくすれば、返り討ちにあう。だから殺すんだ、捕虜化するんだ
という考えで満たされていた。
しかし、国は違えど我々は同じ人間ではないのか。
その同じ人間を残虐な方法で手に掛けてもいいのか。

人間は何万人かに1人で、他の人とは異なる脳回路をもった人が生まれる。
その人はある部位が非常に発達し、活性化しているために、特定分野で優れた
能力を発揮する。
その分、情動的な思慮に欠け、人間としてのやさしさがない。
そのような人が優れた能力故に国家のトップに立った場合、人間らしい配慮が
抜け落ちた政策になってしまう。

そのような偏った人の極めて利己的な判断によって戦争という火ぶたが切られる
可能性がないわけではない。
むしろ今までの戦争は、実はそういう1人の異端児の暴走ではなかったのかとさえ
疑われる。
特定分野で優れていることを、凡人は全ての分野で優れていると勘違いし、盲目的
に信じることで、異端児の暴走は国家全体を巻き込んだのだろう。

我々は我々一人一人の感覚ををもっと大切にすべきである。
凡人だろうが天才だろうが、完璧な人間などいない。
だからこそ相手のおかしい所はおかしいと声を上げることで、暴走を止めることが
できるのだ。

誰かに全ての人が従属するという体制は、「対話」を踏みつぶしてしまう。
首相だろうが、八百屋のにいちゃんだろうが、研究員だろうが皆平等に意見を言える。
これこそが戦争を防ぎ、誤った判断をしない唯一の手だてである。

国会でやじを飛ばしたり人の話を聞かなかったりという場面がある。
本当にそれでいいのか。
対話はまず聞くことからスタートです。
国会議員さん、あなたたちはまた戦争という愚行を繰り返したいですか?
違いますよね。
だったら、「対話とはこういうものぞ」というお手本を見せてくださいな。

私たちは、もう二度と戦争などしたくありません。
人間を殺し合うという悲しいことをしたくありません。
話し合うことでのみ、解決したいと願っていますよ。