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komanyunの日常

とりとめもないことを綴った雑記

私は個人に興味を抱くのか?

単なる独り言です。

 私は人間に興味がある。

けれども一個人に強く思い入れを持ったり、興味を抱くことはほぼない。
だから岡田尊司先生が恩師から精神療法をするに当たって「打ち込まないと」と言われたことが、ひどく引っかかる。
私にはクライアントの考えを理解するために、クライアントの内的世界に没頭できる深い愛があるのか?…と。

私自身エゴイスティックな人間だし、偉そうなことをブログで言ってみてはいるが、その実保身に走った言葉を口にしたり、人の目を気にしてしまったり とまだまだ修行半ばの身である。
結局は「我」にしか目を向けていない。

このような未熟な人間は、人を救うにあたわないと判断し、一時期受け付けていたカウンセリングを中止した。
私に助けを求められたところで、私が助けられる範囲は限定されている。
人の心をを丸ごと受け入れ支えることはまだ出来ぬ。

でも思い返してみれば、今まで受けたカウンセリングって、私に打ち込んでくれた人、いなかった。
なんというか、その場では懸命に聴いてくれるのだけど、それが終わったらぷっつりと、まるで会ったことさえないかのように心理距離ができる。
それをなんだかなぁ~と腑に落ちないままいたことが思い出される。

確かにカウンセラーがクライアントに近づきすぎると、逆転移が起こってしまい、治療が治療として機能しなくなる。
双方の仕切りはどぅやっても保たねばならない。
一方でカウンセラーはクライアントの内的世界に触れ、沿い、そっと手を当て、支えなければ、クライアント自らが再起できる力を授けることが出来ない。

その微妙なバランスを取りながら、治療は行われる。
私は未だそのさじ加減が分かっていないから、こんな混沌とした感覚を抱くのか?
「人を愛する」というごく自然の単純なことが私には出来てないから、引いた状態でしか他者を見ることが出来ないのだと思う。

盲目的献身というのを一度体験すると、さじ加減が見える気がするな。
嗚呼~ 私って意外と冷たい人間なのかも知れないなぁ。