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komanyunの日常

とりとめもないことを綴った雑記

溢れてしまった怒り

夜光観覧車の第三話を見た。

とうとう彩花が日常的に暴れ出した。

我慢に我慢を重ねた怒りがあふれ出たのだ。
中学校では小学校の時からの友達に嫌われないための服従生活、平凡な親の見栄張りに付き合わされた家庭生活、目の前には一緒に受験したイケメン男子のいる金持ち一家、母は相変わらず無神経&オドオドしている。

中学受験に失敗したことに端を発し、母親からの神経を逆撫でする言葉の数々に「私を哀れんでる?」と侮辱にも似た思いをする。親友だと思っていた子からあからさまに「受験失敗してよかった」と言われ、他人は自分の足を引っ張るものなのだと傷つく。
その親友がイケメン男子のファンになったことから、なにかと小間使いのようにイケメン男子の情報をとってこいと命令される屈辱が彩花を襲う。

彩花の心の中には”誰かに私を認めて欲しい。褒めて欲しい”という思いだけが渦巻き、自分を否定する・思いのままにならない全ての相手に対し「バカにしているの?」と感じる被害者意識に囚われている。
劇中に何度も出てくる「バカにしてるの?」という言葉が、彩花の求めている”愛”の欠乏感を如実に物語っている。

こんなとき大方の親は暴力的な娘に暴力を振るわれたくなくて、YESマンに徹っし、ご機嫌を取る。
依頼されていたナプキンを買い忘れた親に当たり散らし暴言を吐く子供。
一度は代替え案を提案するも、娘の命令に従う母。
本当はナプキンが欲しいんじゃない。
過去の神経を逆撫でさせた言動を謝って欲しいのだ。
自分の心を踏みにじったことを認めて謝罪して欲しいのだ。

小さい子供がデパートのおもちゃ売り場で「買って欲しい」と泣きわめく。
本当はおもちゃが欲しいのではなくて、お母さんに振り向いて欲しいのだ。
それに気がつかず、「うちにはそんなお金はない」と無理矢理母は子供の手を引く。
子供の小ささにかこつけて「ワガママな子だ」と子供のせいにして。

この心情と彩花の心情はまったく同じ。
感情の受取手(親)が正確な相手(子)の望みを受け取り損ねて、言葉に踊らされている。
そして心の底で、相手(子)を責める-ワガママだ、昔はいい子だったのに-って。
責任をもって子供を作ったのに、その子の気持ちを受け取る能力がない自分を省みることのない親たち。

子供はいきなりキレるわけじゃない。
ずっとずっと我慢して我慢して、寂しそうな笑顔、諦めた顔をしながら懸命に歯を食いしばって来たんだ。
その食いしばりができなくなったときに、暴力という手にでる。
それ以外に表現の方法を知らないから。

私は怒りがあふれ出て物に当たることがある。
その時の自分は、精一杯我慢したけど、我慢ならなかったんだと後で振り返って感じている。
暴力に出ることはそんなに悪いことなのだろうか?
暴力に出ざる得ないほど理解のない周りは責任がないのだろうか?

大人になればそれなりに表現の手段を得、経済的自立が出来る。
でも子供は言葉でうまく表せない、知識もない、かといって不快な現実から離れることさえもできない。
どうしても逃げたければ、相手を消すか自分を消すかだ。
そんな過酷な世界に生きている。

親は子供が暴力に出るとき、子供が暴力をふるわないようにする方法よりも、暴力を振るうほど心がすさんだ原因を探って欲しいと思う。

何度も何度も親に考えを改めて欲しいと懇願し、それが叶わなかった私からのお願いだ。