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komanyunの日常

とりとめもないことを綴った雑記

夜光観覧車

ドラマ「夜光観覧車」が昨晩放映されていました。
湊かなえ原作ということで、興味を持ってチャンネルを合わせました。

まだ一回目の放送ですが、続きが気になったのでamazonの書評を読んで大体のストーリー枠を掴みました。


そこで私には何点かの疑問が上がったのです。

来週の予告にもありました遠藤家長女彩花の荒れ具合です。
著書では、かなり詳しくその荒れ模様が書かれているようですが、ドラマで見る限り、荒れたきっかけは中学受験の失敗です。
ですが、受験失敗だけで、そこまで人間は崩壊するでしょうか?
少なくとも、母親はいじわるな小島のおばさんからを娘を守っていましたし、父親も平均的な人物像です。
父親・母親のセリフから極端な人格の偏りは見られません。
家族仲良く支え合ってというしっかりとした絵が見える。
ならば彩花の中には、「お母さんとお父さんが私を愛してくれる」という事実を以て「自分は愛されるべき存在」として認められるように思います。

これが母親がお受験に狂った見栄っ張り、父親が内弁慶のDVとかなら納得いくんだけど。

次にお隣高橋家で起きた事件について。
犯人は内部、つまり家族もしくは近隣者ということですが、そのきっかけとして初回で長男次男の父親の発言に対する苦しさがクローズアップされていました。
しかし、父親は子供に自分の跡を継げとしつこく迫っているわけでもない。
妻にも強い抑制をかけている様子もない。
いい父親だと思うけどなぁ。

それとも父親の言い分は外面用で、内では相当家族を絞っているのでしょうか?

一番納得がいったのは、小島のおばさんが我が子におなざりにされていることです。
あの意地の悪い性格は、夫や子供にそっぽを向かれた人が自分の心を埋めるために、先住民としての権力意識を高めた結果と思われます。

人は壊れるときは壊れるし、そうでないときは危機的であっても踏みとどまれる。
その境目は、自分が誰かに支えられていると思うかどうかです。
家庭の形は各自あれども、愛情という面で決定的に欠けているのは小島家だけ。
なぜ殺人事件や家庭崩壊が起こるのか?いまいち分からないです。