読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

komanyunの日常

とりとめもないことを綴った雑記

認めて欲しい症候群~年賀状版~

今年も年賀状に対する様々な苦情が掲示板を踊っていますね~♪
それほどまでに、受け取る側のストレスがあるということです。

ところで嫌われる年賀状として挙げられる例に、[自分とは直接関係ない人の写真やエピソードの乱立]があります。

受け取った人は内心「関係ないし」と思うのです。
心に浮かんだその内心こそがストレスの原因。

で、それと似たような感情になるのが、自慢話につきあうときです。
当人が「オレはスゴいんだ」発言をしているとき、その自慢がどう見ても自慢に見えなかったり、必要以上に長引くと、内心「知らないし」という思いが心に浮かびます。

-子供がかわいい、孫が出来た、オレはこんだけスゴいんだ-というのは、全て自分を認めて欲しいという欲が前面にババァーンと出てきた結果です。
認めて欲しくて仕方がない、だから印刷して送る、写メールする、豪語するのです。

でも実際認めて欲しいと迫られれば迫られるほど、見せられる側聞かされる側は引き気味になります。
だって、その人の欲を満たすために我々がいるのではないのですから。

→横道
ちょっと興味深かったのが、子供の写真をあまりにも送ってくるのでスルーしていたら、送信主から「写真みてる?」と問い合わせが来たので、「友人や従兄弟にも同い年ぐらいの子がたくさんいて写真を送ってくるので、どれがどの子だか分からなくなっちゃった」と返事したところ、以後写真を送ってこないようになったという話があり、如何に自分の子供だけを特別視して欲しいかが際だったエピソードだと思います。


認めてもらうための材料を前面に出す人というのは、自分で認めればそれでいいじゃないかという自立の精神を持てていません。
誰かに「わぁーすごいねー」といってもらわないと、そのことの凄さを認められないのです。
でも自分で認められないのは本人の責任です。

だから相手につきあうことありませんよ。
無視しましょう、スルーしましょう。
その人の感情や弱さはその人のものです。
自分の感情の尻ぬぐいは自分でどーぞ。

私、そんなことを言っているから、携帯メールですら、最近不要になってきました。
別に誰かに共感して欲しいと思ってもいない。
自己完結で十分です。
強くなってくると、本当にべたべたした付き合いは疎ましく思うようになります。